夕暮れ日記

アラフィフのときどきパート主婦。何かしなきゃと思いつつ、気がつけばいつも夕暮れ。思春期真っ盛りの中2男子、女子力高め小6女子&無口な旦那の4人暮らし。日々のぼやき日記。

専業主婦。
やらなきゃいけない事は山盛り。なのに気つけば夕暮れ。
12 才の長男は発達障害グレーゾーン。やり場のない思いをボチボチ綴っていきます。

姉妹最後の面会

母と兄、そして叔父の3人で遠方に住んでいる母の姉に会いに行った。


母と叔父から見たら姉、私からしたら伯母。年は86才。

二十年くらい前に認知症を発症し、今は施設に入居している。


母も叔父も後期高齢者、いつ誰が突然亡くなるかわからないから、と叔父の提案で3人で生きているうちに伯母に会いに行った。


とくに伯母は、いつどうなるかわからないから…。


行きは夜行フェリーで、帰りは兄と叔父が交互に車を運転して帰るという話だった。


伯母は、六十を過ぎた頃から、同じ事を何度もいうようになり、話の内容もとりとめがなくなってきた。

私は「認知症」だと、すぐ思った。母に言って、伯母の子供たちにすぐ病院で診てもらうように言ってもらった。

でも、いとこたちはまったく聞き入れず、その後十年以上放置していた。

そして、十数年くらい前、やっと伯母が認知症であると気づき通院するようになった。


先日母たちが会った時、もうきょうだいであることはわからなかったという。

子供たちでさえ認識できていない、と。


なぜ伯母だけ認知症を早くに発症してしまったのか考えた。

伯母は、旦那の浮気に若い頃からずいぶん悩んでいたらしい。

伯母のご亭主は、豪快で見栄っ張りで自己中な人だった。

私は小さい頃からこの義伯父が大嫌いだった。


義伯父は、はっきりいうと醜男。美人な伯母と並ぶとまさに「美女と野獣」

この醜男が浮気なんて信じられない気もするが、女好きは家系の遺伝らしい。

この義伯父の兄もお妾さんがいて、お妾さんが生んだは腹違いの子供を本妻に育てさせるという、映画「鬼畜」のような生活をしていた。


話がそれた。


で、伯母は相談する友達もいなくて、一人悩み精神を病んでしまった。35才くらいからずっと不眠症だったという。

睡眠薬を飲み始めたのは、50才くらいからだろうか、いつも眠れていないので、意識がとんでいるような話がかみ合わない感じがいつもしていた。


伯母が認知症になったので、睡眠薬がいけないのかな、と不安に思ったが、原因はやはり長年不眠症であったことだと思う。

不眠になった時点で、すぐ適切な治療をすれば、60才で認知症にはならなかったかもしれない。


アルツハイマーの原因のひとつとして、脳内のアミロイドβタンパク質の蓄積というのがある。

脳内で作られたそれは、睡眠をとることによってきえていくらしいが、寝ない状況が続くと、どんどんたまっていき、たまりすぎてあふれた状態が認知症発症、ということらしい。残念なことにこのアミロイドβタンパク質は取り除くことが難しい。貯まらないようにするしかない。

要はしっかり寝て、良質な食事をとる、運動する、など普通のこと。


伯母は美人で、若い頃モデルをしていた人なので、体系には人一倍気を使っていた。

痩せすぎなのに、食べたら太る、と鳥のエサみたいな食事だった。


今思えば、伯母の生活は、認知症まっしぐらだったと思う。


ガンや脳疾患も怖いけど、認知症も怖い。

何より家族が辛い。


伯母が認知症と診断されてから16年。

長い。


不器量で、離婚して、貧乏ながらもなんとか元気に生きている母と、高収入の醜男と結婚し、専業主婦、夫の浮気に悩まされた美しい姉、晩年は認知症。


どっちが幸せか。


本人にしかわからないこと…。





母が離婚した時、私をこの伯母の養女にする話が進んでいたけど、私が拒否した。わが娘を養女に出そうとする母もどうかしているが、ほんとにあの時拒んで良かった、と思う。

私の人生は、この二人の女たちに完全に狂わされていたと思う。






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