夕暮れ日記

アラフィフのときどきパート主婦。何かしなきゃと思いつつ、気がつけばいつも夕暮れ。思春期真っ盛りの中2男子、女子力高め小6女子&無口な旦那の4人暮らし。日々のぼやき日記。

専業主婦。
やらなきゃいけない事は山盛り。なのに気つけば夕暮れ。
12 才の長男は発達障害グレーゾーン。やり場のない思いをボチボチ綴っていきます。

破天荒な人

専門学校に行っていたときの講師の先生が破天荒だった。

当時の私は「破天荒」の意味さえ知らない無知な学生。


その破天荒先生は、アル中で授業中も息が酒臭く、手も震えていた。

早稲田大学を卒業後、大手出版社に勤務、音楽雑誌の編集者をした後 退社、フリーの音楽ライターに。

その傍ら専門学校の講師をしていた。

でも実際は違う。


音楽雑誌の編集者の時は、フォークやニューミュージックの全盛期でとても忙しく、そのせいでオーバーワークに。ミュージシャンの友達もたくさん出来た。これならそのつてを頼りにフリーでも仕事していけるかな、と思ったのだろうか。大手出版社を辞めてしまった。

でもミュージシャンやその事務所も、その先生そのものに魅力を感じていたわけではなく、バックにある大手音楽雑誌という肩書きにつられていただけだった。

出版社を辞めたとたん、彼に近づいてくる音楽関係者はほとんどいなかった。

仕事がない日々が続く。それでも妻子がいるので仕事をしないわけにはいかない。

実家の親がくれた土地に家を建て、奥さんの稼ぎで暮らす日々。夫婦仲も悪化、離婚話も持ち上がる。そんなひきこもりのヒモみたいになってしまった彼を見るに見かねて、昔からの仲間が「講師」の名目で仕事をふったのだった。


本人も同情で雇ってもらったと思っているから、授業もいい加減だった。


毎日、学校が終わると隣の居酒屋で飲んでいる。


度々体調を崩し授業を休む。

授業中なのに、わけのわからないことを言って学生と言い争いになる。

挙げ句、学生Y(19才)と噂になり、学生から説明責任を問われる。

先生は、堂々と

「俺は、Yちゃんが好きだ。つき合っている」

と言ってしまう。(二日酔いで酔っていたのか)

Yちゃんがかわいそうだった。

ほとんどの学生から無視されるYちゃん。

Yちゃんはかなりの美人だったので、先生と特別な関係だと思われてしまった。

後にYちゃんに聞いてみたら、先生とは何もなかった、帰り方向が同じなので、一緒に帰っていただけだった、らしい。

真相はわからない。


でも、Yちゃんの事を「Yっぺ」と呼んだり、Yちゃんも先生の事を「○へい!」と呼び捨てで呼んだりして、周りは不愉快極まりなかった。

公私の区別はきちんとしてほしかったな。


私は、非常識で大人こどもみたいなどうしようもない先生だけれど、「生きるのが下手な人」なんだなぁと思い、卒業後度々連絡をとるようになった。


仕事終わりに飲みに行ったりして、彼の話を聞いた。(そこにはいつもYちゃんがいたのだけど)


そんな破天荒先生が何度目かの入院をした。

酒の飲みすぎで、肝臓をやられたらしい。


池袋の病院だった。


私は当時編集を担当していた雑誌を数冊お土産に持って行った。


事前に「口から食べることが出来ない」と聞いていたので、食べ物の差し入れは遠慮した。


先生は嬉しそうに私が持参した雑誌をめくった。

たわいのない食べものの話、退院したらやりたいことなど、こどものように目をキラキラさせて語った。


「また来ますね」と別れて二週間たった頃、帰宅すると留守番電話にメッセージが20件くらい入っていた。


再生するのが怖かった。


不吉な予感。


その予感は的中、先生の訃報だった。


訃報をいち早く知った同窓生が連絡網みたいに電話をしあって、当時忙しかった私は、不在だったので留守番電話に何件も入っていたのだった。


あれから30年。破天荒先生は享年43才だったので、今思えば、若くして亡くなったのだなぁ、と思う。


とっくに先生の年を超えてしまった。


ふだんほとんど破天荒先生のことなど忘れているのだけど、ニュースで勝谷誠彦さんが亡くなったことで思い出してしまった。

同じような病気だったから。

先生も肝臓を悪くして入院し、容体急変で亡くなってしまった。




今頃、天国でも飲んでるかなぁ。





.