生きていても仕方がないと思う
毎日憂鬱な日々を送っています。
私は子どもたちのために、と頑張っていますが、子どもには伝わりません。
今日は娘の部屋のクローゼットをプチリフォーム。ハンガーを増やし、服の容量を増やすために棚を設置しました。
同時に大量のゴミや不要品を分別、45Lのゴミ袋3個分のオモチャとガラクタ、45Lゴミ袋1個分の衣類、そして教科書やノート5kg分、夫と二人で作業しましたが、なかなか骨が折れました。
でも何か体を動かしていないと、嫌なことばかり考えてしまうので、頭を空っぽにするためです。
そのあと、洗濯と買い物、料理、休む暇なく休日なのに働きました。
主婦で母なら当然のことですが、その間子どもは何も手伝わない、というのはとても腹がたちます。
二人とも反抗期なので、私もあえて言い争いをさけるため「手伝って」と口にしなかったのかもしれません。
夕飯が終わり、後片付けをしていましたが、洗い物をしていても、私以外の家族はソファーに寝そべって楽しげにスポーツ観戦をしています。
一日中重労働で、疲れて果てていても休息できない、一人貧乏くじです。
やっと洗い物が終わり、
「お母さんにもソファーで横にならせて」
と三人掛けに寝そべっている息子にいうと、
「なんでいっつも僕ばっかり、たまには妹にもいったら」
と譲ろうとしません。
なんて思いやりのない息子! でも私がこんな子に育ててしまったのです。
娘が寝そべっているソファーは二人掛けなので、足を伸ばして横になれません。
息子は体が大きいのでいつも三人掛けに寝ているから、私はそちらの方に添い寝のような形で横に寝るのです。
きょうだいそれぞれがソファーの独り占めをしているので、私はキレ、
「もういい! お兄ちゃんにばかり言っているわけじゃない! 三人掛けに寝ている人に頼んだだけ、もういい」
そう言って、私は自分の部屋へ行きました。
まだお風呂が沸いていないし、洗濯の乾燥も終わっていません。
自室に戻るわけには行かなかったし、あと30分は待ちの状態だったのですが、待つ場所がないのです。
イスは疲れるし、床は固くて腰が痛くなる、なんで家族のために働いているのにこんな目に合うのか、もう我慢の限界に来てしまいました。
私が自室にこもっても当然ながら、誰も謝りにはきません。
誰一人自分は悪くない、と思っているからです。
私は、明後日 乳ガンの診察を控えています。
数ヶ月前から胸に違和感があったので予約を入れたのです。
乳ガン健診をしたのは二年前、もしかしたら2年間の間に乳ガンになったかもしれないと嫌な予感がしているのです。
母がそんな不安な思いの中、家事や送り迎え、色々な雑用を必死でやっているのに、悲しくなりました。
もし乳ガンであったなら、治療はしなくてもいい、とさえ思いました。
この家の人達は、自分が楽する事ばかり考えて、誰かの犠牲の上に平和な毎日が過ごせていることに気づいていません。
ほんとに消えてしまいたくなりました。
私がいなくなったら、
「風呂掃除俺がやったから洗濯お前がやれ!」
と擦り付け合うのでしょう。
だいたい想像がつきます。
自分の人生って、何なんだろうって思います。
このブログへのコメントは muragonにログインするか、
SNSアカウントを使用してください。