夕暮れ日記

引きこもり主婦です。メンタル弱めです。やらなきゃいけないことはたくさんあるのに、何もできないまま気づけば夕暮れ。そんな日々の徒然日記。(コメント欄は開けたり閉じたりします<(_ _)>)

専業主婦。
やらなきゃいけない事は山盛り。なのに気つけば夕暮れ。
18才の長男は発達障害グレーゾーン。やり場のない思いをボチボチ綴っていきます。

家ではスイッチがオフになる件

つつじ


どんな仕事をしているか知らないけれど、休日は完全にスイッチがオフになる旦那さん。


会社は休みでも、家の仕事は山ほどある。

まず、雑草。

もう庭中、カラスノエンドウ(俗にいう、ピーピー豆)だらけ。ブタクサやクローバー、茅、ヒナゲシの花、

様々な雑草がもう膝丈まで育っている。


今日は一人で、約三分の一くらい抜いた。全部抜くと45リットルのゴミ袋が6、7袋にもなる。

他にも花壇や駐車場の一部、レンガの目地にも至るところにはびこっている。

一人で雑草と格闘する時、心から戸建てに越したことを後悔する。


自分の家なのに、エクステリアに無関心な旦那さん。


一度シルバー人材に雑草抜きの見積もりを頼んだ。

3万円と言われた。本当は3人仕事で4万円だけど、おまけして2人で頑張る、と何だかよくわからない見積もりだった。

ギャラの半分は仲介手数料と草の処分代で持って行かれるらしい。


雑草ごときで3万円の出費は馬鹿らしいので、結局私が3万円分、チビチビ働くことになる。

午前中たっぷり頑張って、4、5日はかかる。袋にいれるのも一苦労。

ようやく抜き終わったら、最初に抜いたところからまた小さいのが生えてくる。イタチごっこ。


きれいに抜き終わった時点で、 気休めに除草剤を撒く。

その後、一旦枯れはするがまた青々した新芽が容赦なく生えてくる。


旦那さんはいつも家にいる時、三人掛けソファにでーんと横たわり、耳かきをしながらテレビのリモコンを握りしめている。

家族がテレビを見ていても、途中で平気でチャンネルを1、2秒おきに変える。

私らが見たくもない映画のチャンネルに突然変えたかと思うと、速攻高いびきで寝てしまう。

また さっきまで見ていた番組に戻すともう違うコーナーになっていたりして、面白いところを見逃してしまう。

ものすごいストレス。


こんな時 ふと育ちの悪さを感じる。

おそらく旦那さんのオヤジがそんな風にしていたのだろう。

何の疑問も持たず、それが当たり前として育った。

話をもどそう。

私が子どもらを連れてテーマパーク子守りを1日強いられている時、

旦那さんは、あいかわらずソファで至福の時。

少し伸びはじめた雑草の駆除をしていたなら、除草剤を撒いていてくれたなら、

その後の私の作業は随分と違ったものになる。


カーポートの屋根の排水口にも落ち葉がびっしり。

そのうち詰まって屋根から雨水が滝のように落ち始めるだろう。

そんなふうになっても、動かない。私の仕事。

大きな脚立の上に上がり、大きなピンセット状のハサミでヘドロ化した枯れ葉を引っ張りだす。

コンビニの弁当用レジ袋2つ分くらいにはなる。

その後、ホースで水を排水口に勢いよく流し込み、一気に汚れを排出する。

そして、周辺の掃除。


もう翌日は使い物にならないくらい、全身が痛い。

でも、その雑草入りゴミ袋(重さ1つ20キロ位)さえも、そのまま放置されていることがある。

ゴミ出しのお願いをしていたにもかかわらず…。

収集車が8時半に来るので、結局私が慌てて何往復もして運ぶ。

途中取っ手が切れて雑草をぶち撒く。涙が出る。辛い…。


今朝 玄関先で、また旦那さんが

「お、雑草ぬいたんだな(笑)」

と脳天気なことを言った。

「お父さんも抜いてね!」

と突っ込んだら

「俺だってやってる!」

と言い返してきた。


どこが? 私がやり始めると、申し訳程度に「手伝う」レベルじゃないか。

草抜きするする、と言ってしない。

「明日やろうはバカやろう」だ。


いい季節になったが、同時に雑草軍団と旦那さんに頭を悩まされる日々が続く。

悪魔のささやき

つつじ

姑の事を「主人の」母、と呼ぶ知人がいる。



以前はそれが、あまり意味のある事だとは思っていなかった。

でも、よくランチに行くようになってから、姑の事を嫌っていて、心の底からそう呼んでいる事が分かった。


姑という響きには、まだ身内的な繋がりを感じる。が、「夫の」とか「主人の」とかいう枕詞が付くと

とたんに他人事になる。


その知人は、メールの文面にしても、必ず「主人の」母が入院したので…。という風に、書き言葉ですら枕詞を添える。

義母とか母とか、おばあちゃんとか、そういう表現はしない。

あくまでも、同居している年配のご婦人は、配偶者にとっての「母」であって、自分自身には無関係、といいたげ。


私も気を遣って、「『ご主人の』お母さんの具合はどう?」などと、気分を損ねないようにしていた。

新婚さんの時からずっと同居で、チクチク嫌味を言われ続けたら、その蓄積ははかりしれない。


そのご主人のお母さんが昨年亡くなった。

「『おめでとう』でいいのかな?」

「いいよ、おめでとうメールいっぱい来たよ」

嬉しそうだった。


ご主人のお母さんが危ない、という時期に娘さんは入籍した。

まだ生きているのに衣類の処分をし始めた。

喪中だから結婚式は延期かな、と思ったら半年後に盛大な式を挙げた。


おばあちゃんが生きているうちに花嫁姿を…的な発想はなく、待っていた感じ。

よっぽど恨みがあったのだろう。


自分に置き換えてみた。


やっぱり私も、旦那さんの親は他人。


義母は既に他界していて、72才になる旦那さんの父がまだ生きている。

妻に先立たれた夫の大半は妻の7回忌を迎える前に亡くなるか、余命が30%位短くなるという。

義母が亡くなったのは9年前、おそらく13回忌も義理父が張り切って盛大にやるだろう。弱った形跡はない。


帰省のたびに、子離れしていない者と親離れしていない者達の「わたしの知らない世界」を見せつけられる。


そろそろ あのオヤジの誕生日と父の日がやってくる。

毎年 電化製品やゴルフグッズを要求される。

万単位の出費。子どもをあてにしている。


私たちの子ども(孫)には、年玉1000円さえももったいぶって名残惜しそうに渡すくせに。

入学祝いも誕生日祝いもクリスマス祝いももらったことがない。

何一つ自分からは与えず、もらうことばかり考える義理父。


そんな人を心から尊敬している旦那さん。ある意味、洗脳に近い。

親と子どもと私が溺れていて、一人しかボートに乗せられないとしたら、

旦那さんは、間違いなくオヤジを乗せる。


「死神は木枯らしと共にやってくる」というが、残念ながら この冬は来なかった (u_u)…。

もう新芽の芽ぶく過ごしやすい季節になってしまった。


まだ夏も来てないのに、早く木枯らし来ないかな、と私の中で悪魔がささやく…。

まさかの減量宣言!

つつじ

旦那さんが夕飯の時、ついに

「ご飯少しでいいから」

と言った。

「えッ!!!!!」

「本当に少しでいいから…」

具合でも悪いのか、と思った。


「なんで? まさかダイエット?」

「うん、炭水化物をちょっと少なめにしようかな、と思って」



耳を疑う まさかのコトバ。

「ホントに? ホントにするの?」


やっと性根を入れ替える決心がついたのか、はたまた体形を気にする色気がまだ残っていたのか。

でも炭水化物抜きだと、おかずの量が返って倍増する気がした。

それは困る。現状おかず3人前仕様なのに、白メシ減だと4人前になる可能性大。


ほぼ丼サイズの器に、半分くらいごはんをよそう。

「やっぱり 物足りなくなるんじゃない? お腹すくよ」

「いや、 大丈夫」


いえいえ 大丈夫じゃないのはこっちです、って。


案の定、おかずを独り占めした。


実は、子どもの都合で夕飯が作れなかったので、スーパーのお惣菜だった。

惣菜買う時に、それを言って欲しかった。(一緒に選んだのに)

知ってたら自分の分確保したのに。


メニューは、鯵の南蛮漬け(2、3人前)、唐揚げ1パック(8個入)と豆腐ハンバーグ(100gX2個)


時間も遅かったので、軽く済ませたいと思っていた。

割引前だったので一品一品が高い、ケチった。

ああ、後悔。

急きょ私と子どもの分のご飯を作ることにした。

唐揚げ2個を細かくカットし、 残り物の豚コマ少々を足し卵でとじて親子丼を作った。


私たちはその節約親子丼2人分を3人で食べた。

旦那さんは、残った唐揚げと豆腐ハンバーグと鯵、すべてをきれいに平らげた。

私と子どもは一口も食べられなかった。


正確には、手を出せない異様な緊張感があったのだ。

私が箸をのばすと、視線を感じる。(ちょっと取りすぎじゃないか、まだ食べるのか)そんな心の声が本当に聞こえるのだ。


私は、少しのケチ心から弁当を買わず、惣菜に走った自分を心底責めた。

今日もおかずを食いっぱぐれた。


こんな日がいったいいつまで続くのだろう、恐怖。


旦那さんに、なんでダイエットするのか聞いてみた。

「6月に健康診断があるから、それが終わるまでは量減らす」

とのこと。

「健診すんだら?」ときいたら、「元に戻す」と真顔で言った。


お前はバカなのかーー。

期間限定の減量宣言だった。

30年の空白

つつじ

夕飯を終えて、食器を流しに運んだ時、突然携帯がなった。

見知らぬ番号。

間違い電話だと思った。


5コール待ってみた。


止む気配なし。

「はい」

無愛想に出てみた


「私よ、わかる?」

「えっ」

「◯◯高校の同級生の石川!(仮名)」

「あ、イシコ?」


酒灼けなのか少し声がかすれてハスキーになっているが、紛れもなく小中高と一緒だった幼なじみのイシコの声。

電話で話すのは何年ぶりだろう? 30年ちかく経つのか…。

なぜ、私の携帯番号を知っているのか。30年前はまだ携帯なんてなかった。


「なんでかわからないんだけど、急に電話番号思い出して、すごい気になって思いきってかけてみたら「夕暮れ」のお母さんが出てさ、今こっち戻ってきてるって言うし、携帯教えてくれたからさ、かけてみた(笑)」


酔っ払ってる。でなきゃ 普通このテンションでかけてこない。


「びっくりした! 懐かしいね〜」と私。


本当に思いがけない電話だった。最後に会ったのはいつだか思い出せないが、酒を飲んでいたので多分20才くらいだろうか。


イシコは、まだ独身だという。

高校卒業後、地元の都会の短大へ進み、その後地元の準ミスに選ばれた。

博覧会のコンパニオンやモデルなどをしていたところまでは知っている。


甲子園球児のファンで、この間世間をお騒がせした元野球選手とも飲みに行った事があると自慢気に言っていた。

そのイシコだ。

CA希望だったが英会話で落とされ不採用になったが、その美貌でグランドホステスの内定をもらったのに結局辞退したイシコ。

銀行員や秘書の仕事も内定もらったのに蹴った。次々とイシコの記憶が蘇る。


「いつ戻ったん?」

「17年位前」

そして、また自分がなぜ電話をかけたのか、を延々語り始める。3回くらいリプレイされた。

「酔ってるよね?」

「うん、毎日飲まない日はないくらい飲んでるもん」

少しろれつも回ってない。声が大きく、陽気だ。

相当飲んでるな。時計を見たら8時間半だった。

この時間にこんなにできあがってるなんて、いったい何時から飲んでいるのか。


私はこのイシコから酒の飲み方を教わった。

福岡の中洲や、東京の新宿、六本木、全日空ホテルのラウンジ。

初めて行ったショーパブもショットバーもイシコと一緒だった。

懐かしいけれど、甘酸っぱい思い出が走馬灯のように蘇る。

私の昔を知っている、私にとって丸めて燃やしてしまいたい子ども時代も知っている。


私は暗くて可愛げがなかったので教師から嫌われていた。

イシコもまた、先生から目の敵にされていた。

きれいで明るく気前がいい、そのイシコが私より嫌われている。

私は積極的にイシコと遊んだ。

嫌われ者同士、言葉には出さなかったが、イシコも私と同じ気持ちだったのかもしれない。


イシコの両親はパチンコ店を経営していて、在日だった。

イシコのパスポートを見た時、初めて、なぜあれほどまでに教師から疎まれていたのかわかった。


「昔から呼んでるから旧姓のあだ名で呼んじゃうけどさ、今名字違うんでしょ」

母からはあまり詳しい話は聞いてないらしい。

「うん、今は◯◯」

「へぇ〜、子どもさんいるの? いくつ?」

家庭のことを聞くときはさすがにトーンがさがる。


美貌と経済力があるのに、配偶者を得られなかったイシコ。

いや、それゆえに高望みをし、本当の自分を受け入れてもらえる相手に気付けなかったのかもしれない。


イシコはGW明けに飲みに行こう、と誘ってきた。

私も快く承諾した。

「Cメール送るね。メルアド書いとくね。メールちょうだいね」

私は、そう言って電話を切った。


私はすぐCメールを送った。

しかし返事は来ない。


結局酔った勢いで電話しただけかもしれない。

メールはもう来ないかもしれない。

更新

つつじ

こんな時どうすればいいのだろう。

何もできない非力な自分。

結局募金するくらいしかできないのだろう。


子どもたちには、夏休みにボランティアに行こうか、と言っている。

子どもも何か手伝えることがあったら手伝いたいといっている。


いつ、なんどき、困難に立ち向かっても、強い心と人をいたわる優しい気持ちを持っていてほしい。


子どもたちはミッション系の学校なので、毎日お祈りをしている。

これまでは、

「神さま、津波に遭って苦しんでいる人々をお助けください。家族を亡くして悲しんでいる人々、家や仕事を無くして困っている人々をお助けください。心の力をなくしている人々に、勇気と希望をお与えください……。」


東日本大震災の人々への祈りだった、今は熊本の方へ向けたお祈りに変わったという。


祈りの更新はもういやだ。