大学の社会心理学で学んだこと
私は、大人になって(30代)から大学に進学したので、受講する授業は即、実社会に役立つものが多かった。
中でも 目から鱗だったのは「社会心理学」。
先生は、ユニークで話がとても面白かった。
授業中に映画を上映することも多く「カッコーの巣の上で」は本当に好きな映画となった。
なぜその映画を見せたかというと、人は役割を演じながら生きているということ。
子どもの時は、子どもだけを演じればいい。(演じている事に気づかずにいい子のふりをしているだけの子が多いと思う)
やがて、バイトをするようになれば、ウェイトレスやウエイター。コンビニ店員など。
自分のミスでなくても客に「申し訳ございませんでした」とへりくだる店員を演じなければならない場面もあるかもしれない。
それができなければ、「生意気な店員だ」と事が大きくなるかもしれない。
長く生きていれば、演じる役が増えてくる。
妻を演じ、母を演じ、嫁を演じ、近所の奥さんを演じ、役員を演じ、そして娘を演じる。
演技といっては語弊があるが、たくさんの役割を演じ、使い分けることで、うまく世の中が回っていく。
ほんとにそうだと思う。
子どもが幼稚園の頃、ママ友をうまく演じられない未熟ママと接することが多く、苦労した。
でもこちらは「いいママ友」を期間限定で演じているだけなので、子どもの卒園式を指折り数えて待っていた。
向こうは、素のままだったので「やりたい放題」だったけど、こっちはハナから「友だち」なんて思ってやしないので、どんな欲求にも理不尽な言葉の暴力にも耐えた。
卒園式の日に、その人のメルアドと携帯を着信拒否にして、付き合いを一切断った。
小学校が違うので、もうママ友じゃない。いいママ友をあなたに演じる必要はない。
そして、小学校のママ友とつかず離れずの絶妙な距離を保ち、「上品なママ友」を演じる。
今度は幼稚園と違い、12年(小・中・高一貫校)も続くので、心してとりかかる。
子どもが大きくなった今では、「よい母」の役割は少し怠けている。「よい妻」も「よい嫁」も。
例えは悪いけど、テーマパークでキャラクターのコスチュームをまとったバイトさんが、楽屋で着ぐるみを脱いで、タバコをプカーッとふかすような、そんな楽屋=家。
家族それぞれ、外では着ぐるみ着て役になりきってるんだから、家帰ってきたときは、本来の姿みせてもいいんだよ。
そんな家になるのが夢。
気は使いたくない。
子どもたちは、親の前で「いい子」演じなくていいんだよ。少なくとも我が家はね。
たまに思う。もし人生やり直せるとしたら、婦人警官になって、非行に走る子どもたちを救いたい。自殺する子どもを減らしたい。
心理分析して、悩みの元を一緒に探してあげたい。
今度生まれ変わってきたら、そんな仕事がしたいなぁ。
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