夕暮れ日記

アラフィフのときどきパート主婦。何かしなきゃと思いつつ、気がつけばいつも夕暮れ。思春期真っ盛りの中2男子、女子力高め小6女子&無口な旦那の4人暮らし。日々のぼやき日記。

専業主婦。
やらなきゃいけない事は山盛り。なのに気つけば夕暮れ。
12 才の長男は発達障害グレーゾーン。やり場のない思いをボチボチ綴っていきます。

「終わった人…義父の場合」

夫がこの前、ネットで酒を注文し夫の父に送っていた。

「4000円の酒、父の日のプレゼントで送ったから」


私「うん」


夫の父は、父の日プレゼント、誕生日プレゼント、中元、お歳暮と世間で行われる贈り物のやりとりはほぼ欲しがる。

子どもや孫にはほとんど渡さないのに。

夫の父からもらうものといえば、正月のお年玉。小6と中2の私たちの子へそれぞれ1000円ずつ!


しかももったいぶる。


「年玉欲しいもんは、一列に並べ!」

そして孫一人ずつに手渡しする。丁寧にお礼を言わないと渡さない。


私は今年、義実家へは行かなかったけど、子どもに

「またお年玉もらうのに並ばされるようなら『いらない』と言って。その分お母さんが多めにあげるから」

と言っておいた。


その話はさておき…。


かつて大手メーカーの役員だった夫の父は、お中元&お歳暮の量がすごかった。

六畳の部屋の半分を占めるほど中元の箱が山積みだった。

クール宅急便の類も多く、冷蔵庫は高級食材でびっしり埋まっていた。

盆に帰省した時は、大きな紙袋3つくらいに「お裾分け」してもらった。(ケチんぼ義父だが、当時は義母が存命中だったので義母がくれた)


そして、義母が亡くなり、義父も退職。

退職したから、もうお中元はないなと思っていた。


仕事関係の中元なんて、退職したら来るわけない。と、思う。

それでもくるなら、よほど人望のある出来た人間だ。


夫は脳天気に「今年もお中元のお裾分けいっぱいもらえるぞ(ビール切望)」などと喜んでいた。


結果 中元は、私ら息子夫婦と弟夫婦、そして二人の嫁の実家からだけだった。(4個)


当然もらえるはずもなく手ぶらで帰って来た。予想どうり。


もちろんお歳暮も。4件のみ。


ありがちだけど、会社での肩書きで人がチヤホヤしているだけなのに勘違い。

年賀状も出しもしないのに300枚くらい来ていたけど、退職した途端激減。ほぼ血族関係とDM年賀状だけになった。(20枚くらい)


今は完全に隠居生活で、近所の昔馴染みがお情けでゴルフに誘う程度。


それに対して、私の叔父(元銀行員、義父と同い年)も義父と同じように妻に先立たれ、一人暮らしだけれど義父とは全然違う日々だ。


銀行のOB会で麻雀やゴルフ、旅行と毎日忙しい。早期退職したので、自由人になって25年くらいたつが中元、お歳暮はすごい量。商品券は私に必ずくれる。


要は、男気があって気前がよいのだ。子どもの頃はよくわからなったけど、この叔父なかなか出来た人だった。早期退職の後は、大手企業から役員へのお誘いがかなりあったらしいが、奥さんの看病で辞めているから全部断ったという。


同じ年で、同じように大きな企業で勤めていても夫の父とは全然違う。


内館牧子さんの「終わった人」を思い出した。

義父は完全に終わった人だ。


会社を退職してから再就職の誘いは一件もない。


当然だ。



私は、出産で仕事をやめ、一度終わってるから、定年退職した人の気持ちがなんとなくわかる。


誰がか言ってた。

50代からは「どうでもいい無駄な友達を作るべし」と。

退職したら友達0、にならないために50代から、遊ぶ友達を作っておいた方がいいと。


夫の父は、いい反面教師だ。



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くわの葉

小学四年生の時、教室でかいこを飼っていた。


大きめの水槽? か虫かごの中にくわの木の枝が入っていて、かいこ(幼虫)が葉を食べていた。


大きな芋虫なんだけど、葉っぱを食べるさまがかわいくて休み時間は、ずっと眺めていた。


そして、学校の帰り道、くわの木を見つけた。

毎日かいこ&くわの葉を眺めていたから、一目でくわの葉だとわかった。

「かいこいるかなぁ?!」

大きな木で、かいこがいるかどうかはわからなかった。


翌日学校で、何気なく、

「帰り道くわの木見つけた」

と誰かお友達につぶやいたら、

それを聞いていた先生が飛んできた。

「ほんとにくわの木? 間違いない? どこで?」

熱心に聞いてきた。


私は、地図を書いて、くわの木が植わってある家の事を丁寧に話した。


それから数日後、先生は実際にその家に行ったらしい。目的は、くわの葉をもらうため。


家主は快くくわの葉を提供してくれた。

どうも先生は遠くに住んでいる人からかいこをもらい、教室においた物のその餌となるくわの木が近くにないので、かいこを飼いつづけるのは難しいと、あきらめていたらしい。

そこへタイムリーに私がくわの木情報を提供したので、慌てて枝をもらいに行ったのだった。


私は、ただの雑談のつもりだったのだけど、先生から親しく話しかけられ、感謝され、とても誇らしい気持ちになった。

先生から相手にされることなどほとんどなかったので、先生と会話できることも自分に質問してくることもとても嬉しかった。


今 その時のことを思い出したのだけど、今思うと10才の子どもがくわの木と他の木との区別がついた、というのは驚き。

いや、子どもだからわかったのか。

今の私ならわからない。

子どもってすごいなぁ。

私の情報提供のおかげで、かいこは無事繭を作り、ガになるところまで観察できた。

先生からは、ずっと感謝された。


こんな成功体験が続けば、私はもっと積極的で自分に自信のもてる自己肯定感の強い人間になれたかもしれない。

でも残念な事に、学年が変わり担任も変わったので、まだ存在感のない内向的な子どもに戻ってしまった。


誰かから必要とされていると思うと、何か膨大なエネルギーが働く気がする。


「感謝されることをする」ことはとても大事だと思う。







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物置きの驚きの効果

あまりご近所のことは書かないようにしているのだけど…。


お隣は60代の夫婦二人暮らし。


旦那さん(オッサン)がちょっとおかしい、普通ではない。

そうなるには理由があるから周囲はあまり厳しいことは言わずに、我慢しているのだけれど。


思い過ごしかもしれないけど 、オッサンがいつも我が家を見ている気がする。

オッサンは、なぜか勝手口でタバコを吸う。

お隣の勝手口は、つまり我が家のメインの庭と柵ひとつでつながっているから、まさに庭に人が立っている状況。


常にこちら側を見ながらタバコを吸っている。

そして、そのタバコの吸い殻は、道路に捨てている。タバコの箱の包みは、なんとわが家の庭にポイッ。


自分ちの庭木の枯れ葉も我が家の庭に捨てている。


何より不愉快なのは、タバコ吸いながらむせて、えずく声がでかい。

それは、深夜1時であったり、早朝4時であったり…、寝ていても飛び起きる程の大音量。

「わざとですか?」というくらい。

シーンと静まり返っているから余計響く。


ずっと我慢している。


塀を作ろうかとも思ったけど、30万円近くかかるし「見るな」と

あからさまに主張しているのがバレて、余計オッサンの反感を買うような気がした。


それで、アウトドアグッズやガーデニンググッズも増えたので、この際大きめの物置をお隣との境に置くことにした。


かなり長いものにしたので、物置ですっぽりとお隣の喫煙所は隠れた。

完璧なパーテーションだ。


そしたら、今まで毎日えずいていたオッサンの声がピタリと止んだ。

巨大な物置の出現により、もう我が家を覗くことができないので、タバコは室内で吸っているのだろうか。


雨の日も雪の日も、暑い日も、毎日何度とタバコを吸っていたのに…。


もしくは、物置が思いのほか防音効果が高いのか。


物置で庭が狭くなるのが嫌だったのだけど、物置のスペースは庭木を抜いて確保したので、狭くなることはなかった。

それでも、まだ完全に隣との境の目隠しができた訳ではないので、今後も手を入れていこうと思う。


物置の横にラティスを設置し、つる性の植物をはわせる予定。


いやなオッサンの姿が視界から消えて、とっても快適。


※オッサンは、夏場 純白のブリーフ一丁でタバコを吸います。公道からは見えない位置なので、我が家にわざと見せているとしか思えませんでした。



もっと早く物置(ヨドコウ)置けばよかった。





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人事ではない事

先日、しばらく会ってない友達(ママ友)と話していて衝撃的なことをきいた。


今度一緒に町内会の子供会役員をする知り合いEさん。(息子の幼稚園が一緒だった)

実は、去年ご主人が亡くなっていた。

うちは、学校が別なので当然連絡もなく、同じ町内(ちょっと離れている)だけどお葬式には呼ばれなかった。


先日会った時も、全然変わった様子もなかった。


Eさんのご主人は、運転中にくも膜下出血になったらしく、力を振り絞って路肩に車を停車。それを発見され、救急に運ばれたが祈りむなしく数日後に亡くなったという。(享年46才)


同じ頃、娘の同級生のお父さんも脳梗塞で亡くなった。こちらは二度目の脳梗塞で、急性だったため倒れてすぐ亡くなった。(享年48才)


どちらもこれから子どもさんが高校、大学と色々大変な時期に未亡人となってしまった。


うちの夫も48才。ほんと人事ではない。


そんなことを子どもたちに話していたら、息子は「ぼく勉強がんばる」と言い出した。


やつなりに思うことがあったのだろうか。


「親は、誰かに自慢したくて成績あげろ!勉強しろ!っていってるんじゃない。親がいなくなっても、ちゃんと生きていけるよう道筋をつけてあげないと、死んでも死にきれないんだよ」


やっと、何のために誰のために勉強しなければいけないのか、気づいたのかな。


娘の方はついにピアノに目覚めたらしく、帰宅したらすぐピアノの前に。

30分くらいはずっとひいていて「あー、すっきりした」といって宿題に取りかかる。


ピアノ歴9年目にしてやっと。

ピアノがストレス発散になってるようだ。


先生には、音大に行くよう勧められてるけれど…。

そちらは本人次第。

でもピアノ教師でも手に職だからいいと思う。


話もどるけど、炭水化物大好き、肉大好き、睡眠時無呼吸症候群、メタボ、高血圧、通風予備軍、この夫を変えることができるかな。夫の生活習慣は変えられそうにないし(私も)。

子どもにも強くなってもらうしかないかな。






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母の日の悲しい思い出

小学三年生くらいだっただろうか。

近くに住むクラスメートに誘われて「母の日」のプレゼントを買いに行った事がある。

バスに乗って駅前のデパートへ。


学校の帰りに、

「これからお母さんへのプレゼント買いに行こう!」と突然誘われ断りきれずに「うん」と言ったもののお金もないし、それまでそんな事をした事がなかったので、戸惑った。


とりあえず貯金箱をひっくり返して小銭を取り出した。

500円あるかないかだった。


友だちとバスに乗り、デパートへ着いた。

友だちは、貯めていたお年玉を持ってきたのか、財布の中にはお札が何枚か入っていた。

私は、というと、バス賃を除いた450円くらい。


友だちは先生に可愛がられる利発な優等生タイプ、デパートについたらすかさず店員さんを呼び、予算やら希望を言い始めた。

私は、少し離れて、あたかも付き添いのようだった。

友だちは、レースが施された高級そうな花柄のハンカチを選んだ。

「お箱にお入れしますか? 箱代かかりますけど」

「はい、お願いします」


「あれ、つつじちゃんは? 買わないの?」


私は、予算が400円しかないことをさとられまいとして、

「買うよ」

そう言って、一人でハンカチ売り場へ行った。

どれにしようかと、ハンカチを手に取り値段を見たら、どれも500円以上。全然足りない。

もっと安いのがあるはず。

棚の隅を片っ端から見ていると、ガーゼのハンカチがあった。青と黄色の2種類。黄色にした。350円だった。


心の中で、

「お母さん ごめん」

(お年玉使ってしまって、貯金してなくて、一番安いのしか買えなくて)

帰りのバスの中で私は、恥ずかしさと悔しさ、悲しさでいっぱいだった。

お友達のは、丁寧に包装され、リボンまでかけられた箱入り、いかにもプレゼントらしい小さなデパートの紙袋に入れてもらっている。


私のは、デパートの包装紙で簡単に包んだだけ。


私の頭には、友だちが買ったレースの花柄ハンカチがよぎった。


なんだか 友だちのお母さんと自分のお母さんに優劣をつけられたようでとても悲しかった。

子どもながらに「貧乏」をかみしめた。


そして、母に「これ、○○ちゃんと一緒に買った母の日のプレゼント」と言って渡した。


母は「ありがとう」といって、すぐに開封し喜んだ。

その嬉しそうな様にまた胸が締め付けられた。

(本当は私だって、箱入りのきれいなハンカチをあげたかった。こんな安っぽいガーゼを喜ぶなんて)


その出来事、私が感じた「お金がなかった」恥ずかしさは、今思い出しても顔が真っ赤になる。



そして、母の日にあげたガーゼのハンカチは、というと、なんとあげてからすぐに、母がトイレで用を足している時、便器に落として流してしまったという。


いかにも母らしい。


でも、本来なら悲しくなるところだけど、逆に私はホッとしたのだった。


もうあのハンカチをみなくてすむ。

嫌な事 思い出さずにすむ。




久しぶりに思い出した。やっぱり切ない。



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