バレンタインデー当日が来た。
ミポリンは、男性社員一人ひとりに個別でチョコを配り始めた。
ひとつひとつ小さな紙袋に入れて。
そして、Aのところにも持ってきた。
私は、そのチョコを見て驚いた。
本命チョコの装い…。3000円はしそうな豪華な物、それに小さなプレゼント(ネクタイ)の箱も添えていた。
そのとき、私は悟った。ミポリンが魔性の女であることを。
誰からも「本命か」と思われるチョコを贈り、勘違いさせ、10倍返しのホワイトデーの貢ぎ物を受け取る作戦?!
私は、Aが周りにミポリンからもらったチョコを見せびらかせ、嬉しそうに眺めていたのを横目で見て、大嫌いなAだけど、とても気の毒に思えた。
本当の事を教えてあげようか、でもただの妬みで言っていると信じないだろうし…。
ま、普段パワハラ、モラハラ、オンパレードのAなので、楽しく見守ることにした。
ミポリンとは職場の飲み会でたまに話すので、それとなく紹介された彼氏の事などを聞いてみた。
元社員の彼氏は、なかなかのいい男で好みはドンピシャだという。お互い、結婚も視野に入れてつきあっているという。
彼氏の実兄は、家業の理髪店を継いでいたが、1~2年前に交通事故で亡なくなってしまった。
次男坊の彼は、兄の死によって、会社を辞め理髪店を継ぐべく修行に入ったという。
彼氏とAはどうも同期入社らしく、部署は違えど親しかったらしい。彼氏が、もしAがミポリンに想いを寄せていることを知ったら、きっと嫉妬したりやきもちやいたりすると思うけど。何も言っていないというから、おそらくミポリンは、Aに思わせぶりな態度をとっている、ということを伏せているのだろう。(当然か)
Aは、バレンタインデー以来、ミポリンが自分に好意を持っていると信じ切っていた。ミポリンとの廊下立ち話も以前にもまして、大胆になっていった。
義理チョコに普通ネクタイはつけない、私の忠告も無視!のしたたかさ。これは絶対確信犯の悪女。
もちろん、ホワイトデーにはAから、しっかりプレゼント(アクセサリー)ももらったようだ。
そして、ミポリンが入社して半年が過ぎた頃、ついに…
「皆さん、お世話になりました。短い間でしたが、ありがとうございました」
ザ・こ と ぶ き 退社。
ミポリンは28才になっていた。
少し焦っていたのかもしれない。
ミポリンがお世話になったひとりひとりに挨拶をしてまわる。
もちろん私のところにも。
でもその時私は、異動があって「校閲」からAと同じ「編集」に移っていたので、すぐそばにAがいる。
ミポリン 悪女。
Aは、ほんとに苦虫をかみしめたような顔で私たちの会話を聞いていた、と思う。
あとで、聞いた話だけど、Aには挨拶しないで去ったらしい。
Aが、ミポリンの結婚相手が同期でしかも、結構親しい人物であると聞かされたのはミポリン退職後。
(Aの事など話題にもならなかったろうけど、Aからしたら好きな女性と友達が自分の気持ちを弄んでいた、と思うのは無理もない)
Aがその後、荒れまくり、女性不信になったことはいうまでもない。
飲みの席ではミポリンのことを「あの女!」呼ばわりでくだをまいていたらしい。
ミポリン退職後、半年くらいして結婚式が行われた。Aは招待されなかった。(私も)
あれから18年。ミポリン夫婦はうまくやっていけてるだろうか。
Facebookで探してもヒットしない。
でもAはいまだ独身(45才)、Facebook、リカちゃん人形のアイコンが彼の屈折さを物語っていた。
おしまい
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